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宮崎地方裁判所 昭和56年(ワ)803号 判決 1984年11月21日

原告

河野英光

被告

太平洋観光株式会社

ほか一名

主文

被告らは各自原告に対し、金四一三万四七二二円及びこれに対する被告太平洋観光株式会社につき、昭和五六年一〇月二二日、同津川継臣につき同月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。

訴訟費用は三分し、その一を被告らの、その余を原告の負担とする。

この判決は第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者双方の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自原告に対し、金六〇六八万七六一〇円及びこれに対する本訴状送達の翌日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 事故の態様

原告は、昭和五三年一一月一日午後六時四五分頃、普通乗用自動車を運転して、宮崎市花ケ島町新地橋一、一二四先路上に差しかかつた際、先行車に続いて停車中、被告津川の運転する普通乗用車に追突された。

(二) 傷害

原告は、右事故により(イ)頸椎捻挫、両肩打撲症、頸性頭痛、外傷性頸部症候群、(ロ)神経難聴、耳鳴鼻中隔彎曲症、(ハ)眼の調節衰弱の傷害を負つた。

2  責任原因

(一) 被告太平洋観光株式会社(以下、被告会社という)は、前記加害者の運行供用者として自賠法三条による責任がある。

(二) 被告津川は、前方注視義務を欠いたまま漫然運転した過失により、本件事故を惹起したものであるから、民法七〇九条による責任がある。

3  治療及び後遺障害

(一) 治療

(1) 前記1、(二)の(イ)の治療のため、大江整形外科病院に、昭和五三年一一月二日から同年一二月四日まで通院し、同月五日から昭和五四年二月一三日まで入院し、宮崎江南病院に、同月一三日から同年一二月三一日まで入院し昭和五五年一月一日から同年三月三〇日まで通院した。

(2) 同(ロ)の治療のため、安達耳鼻咽喉科医院に、昭和五四年六月一日から同月二七日まで、定永耳鼻咽喉科医院に同年一一月二七日から、昭和五五年三月二七日までそれぞれ通院した。

(3) 同(ハ)の治療のため、杉田眼科医院に昭和五三年一一月一一日から昭和五五年三月二七日まで通院した。

(二) 後遺障害

原告は、頸椎捻挫、両肩打撲症による後遺障害として、後頭部等の放散痛など頑固な神経症状を残したほか、両眼視神経萎縮し、事故前一・二あつた視力が〇・〇一(矯正〇・六)に低下し、昭和五五年一〇月三一日後遺障害等級八級と認定された。

4  損害額 金六、〇六八万七六一〇円

(一) 休業損害 四九七万六〇〇〇円

原告は、事故当時四七歳の有職の男子であつたところ、その年齢の平均給与月額三一万一〇〇〇円の一六ケ月分。

(二) 慰藉料 一、一五〇万円

(イ) 入、通院による慰藉料 一五〇万円

(ロ) 後遺障害による慰藉料 一、〇〇〇万円

(三) 逸失利益 四、七〇二万三二〇〇円

原告は、前記のとおり後遺障害等級八級と認定されたが、右後遺障害があるため、就職することができなくなつた。原告は、右当時四九歳の男子であり、本件事故がなければ以後一八年間は就労可能であつたから、その間の逸失利益を新ホフマン式により計算すると、その現価は、四、七〇二万三二〇〇円となる(算式 三一万一〇〇〇円×一二×一二・六)。

(四) 弁護士費用 二〇〇万円

5  損害の填補 四八一万一五九〇円

6  よつて原告は、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償請求として金六、〇六八万七六一〇円及びこれに対する本訴状送達の翌日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払並びに仮執行の宣言を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1、2項及び5項は認める。同3項の(一)、(二)は不知、同4項は損害額について争う。

三  抗弁

1  原告は本件事故による損害賠償金としてその主張の四八一万一五九〇円を含め、合計一、三一一万一九一五円の支払を受けており、そのうちの七五四万六八二二円が休業損害、慰藉料の支払にあてられた。

2  原告と被告らとの間に昭和五五年八月八日次のような示談契約が成立しているので、原告が本訴で請求する損害賠償については解決ずみである。

(一) 被告らは原告に対し、原告の症状固定(同年三月三〇日)までの治療費全額を支払う。

(二) 被告らは原告に対して治療期間中の慰藉料、逸失利益一切を含め四八一万一五九〇円を支払う。

(三) 被告らは右以外に原告使用の労災よりの求償を全額支払う。

(四) 右示談は原告の後遺障害等級が一四級一〇号該当としてなすものである。原告の後遺症がより上級に該当する場合は、原告が被告らの自動車損害賠償責任保険へ直接請求受領で完了とする。その請求については被告ら及び被告ら付保の安田火災が援助する。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1は認める。

2  同2の(一)ないし(四)の内容の示談契約が成立したことは認めるが、右契約の効力については争う。右示談は、原告の後遺症が一四級該当を前提としてなされたものであり、それ以上の等級に認定された場合については拘束力がない。

五  再抗弁

仮に被告ら主張の示談が自賠責保険による支払をこえる損害賠償請求権を放棄する趣旨であつたとしても、右示談契約は後遺症に悩まされ、金に困つている原告の困窮に乗じて締結されたものであり、公序良俗に反し無効である。

六  再抗弁に対する認否

争う。

七  再々抗弁

原告は右示談後、自賠責保険後遺障害一二級に認定され、同級認定による自賠責保険金を受領したので無効行為を追認した。

八  再々抗弁に対する認否

被告ら主張の保険金を受領したことは認め、その余の主張は争う。

第三証拠

記録中の書証目録及び証人等目録のとおりであるから、その記載を引用する。

理由

一  請求原因1、2項の事実は、当事者間に争いがなく、原本の存在及び成立に争いのない甲第八ないし一六号証、成立に争いのない同第一八号証、同第三〇号証原告本人尋問の結果によると、同3の(一)、(二)の各事実を認めることができ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

二  そこで損害について判断する。

1  休業損害 二〇八万円

成立に争いのない乙第四、五号証、原告本人尋問の結果によつて真正に成立したことが認められる甲第三九号証及び同尋問の結果によると、原告は昭和五三年六月株式会社藤本乾燥機械製作所に臨時社員として入社し、同年七月か八月頃に正社員となり、事故前三ケ月間平均一一万三、五九二円給料を得ていたところ、本件事故後同会社から給料等の支払を受けないまま昭和五四年一一月二五日に解雇されたこと、原告が同年夏まで通常に勤務しておれば支給を受けたであろう同会社の夏期賞与は一〇万七、五〇〇円であつたこと、原告が同会社に入社する以前に勤務した二、三の会社の給料も月額一二万ないし一三万円であり、夏期及び年末の賞与は給料一ケ月程度であつたことが認められる。

以上によると、賞与を含めた原告の月収は一三万円と認めるのが相当であり、その一六ケ月分は二〇八万円となる。原告は四七歳男子の平均給与三一万一、〇〇〇円を基準に損害額を算定しているが、事故当時就業していた者については、その収入によるべきであり、原告の右主張は採らない。

2  慰藉料 六五〇万円

前記認定の入、通院の状況、後記3認定の後遺症の程度を考慮すると、入、通院による慰藉料は一五〇万円、後遺症による慰藉料は五〇〇万円をもつて相当と認める。

3  逸失利益 二七〇万一、五四五円

前記甲第一八号証、同第三〇号証、弁論の全趣旨により真正に成立したことが認められる同第三一ないし三七号証、原告本人尋問の結果によると、原告は昭和五五年三月三一日症状が固定したが、頭頂部、右肩の放散痛など頑固な神経症状を残し、これが後遺障害等級一二に該当すると認定されたほか、裸眼左右とも〇・〇一(矯正左右とも〇・六)に低下した視力障害が九級に該当すると認定された結果、全体として八級に認定されたことが認められ、これに反する証拠はない。原告は昭和五五年三月三一日当時満四八歳の男子であり、右認定の後遺症の部位、程度を勘案すると、原告の労働力の喪失割合は四〇パーセント、その期間は五年と認めるのが相当である。そこで月収一三万円とし、ライプニツツ式により五年間の中間利息を控除すると、右期間の逸失利益の現価は二七〇万一五四五円となる(算式一三万円×一二×四・三二九四×四〇パーセント)。

4  損害の填補 七五四万六八二二円

原告が本件事故による休業損害及び慰藉料として七五四万六八二二円の支払を受けたことは当事者間に争いがない。

5  弁護士費用 四〇万円

原告が原告訴訟代理人に本件訴訟の追行を委任していることは弁論の全趣旨により認められるところ、本件訴訟の経緯等により判断すると、弁護士費用のうち、被告らに負担させるべき金額は四〇万円をもつて相当と認める。

三  次に被告ら主張の示談契約について判断する。被告ら主張の各条項を含む示談契約が成立したことは当事者間に争いがない。

前記甲第一六号証、同第一八号証、同第三〇ないし三七号証、証人押川義克、同小竹恒夫の各証言、原告本人尋問の結果(一部)及び弁論の全趣旨によると、被告らは本件事故による被害弁償について一切を安田海上火災保険株式会社の社員である小竹恒夫に任せていたこと、同人は昭和五四年一〇月末頃、原告の頸椎捻挫、両肩打撲症、頸性頭痛、外傷性頸部症候群の症状が落ち着いてきたところから、入院の必要性がないとして、原告に退院を奨めたが、結局原告の希望を入れて二ケ月を限度として入院を認めることにしたこと、そこで原告は右の治療のため、引続き同年一二月末日まで入院し、以後右の治療のほか、入院中に併発した神経難聴、耳鳴、鼻中隔彎曲症、眼の調節衰弱等の治療のため前記一認定のとおり、昭和五五年三月末日まで通院したこと、原告は近く任意保険による支払を打ち切る旨通告されていたので、昭和五四年一一月七日、本件事故が通勤途上の事故であることから、労働災害の届出をしたが、前記藤本乾燥機械製作所は、原告が事故後長期にわたつて出勤しないところから、昭和五四年一一月二五日原告を解雇したこと、昭和五五年八月八日右小竹が被告らを代行して原告との間に前記示談契約を締結したこと、当時原告は眼や耳の障害に悩まされており、労災保険法による後遺障害の認定を待つて示談したかつたが、高校生の長女を退学させねばならない程生活に困窮していたところから、とりあえず自賠責保険による後遺障害等級一四級を前提として示談することにしたこと、被告らとしては原告の眼の障害については余り重視していなかつたが、後遺障害等級が右より上位に認定された場合についても話合がなされ、その場合には、原告に対する被害弁償は自賠責保険による支払で完了する旨約されたこと、その後昭和五五年一〇月三一日労災保険法による後遺障害等級八級と認定されたが、このように大幅に上位の等級の認定がなされたのは、主として眼の障害によるものであり、右示談当時被告らはもとより、原告としても右のように大幅に上級の認定がなされることまでは予期していなかつたことが認められ、一部右認定に反する原告本人尋問の結果は前掲証拠に照らし措信し難く、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

右認定によると、原告の後遺症の客観的な程度、状況は右示談契約当時とその後との間に差はないが、原、被告らとも医師の診断による後遺症の程度を基礎に被害弁償額の算定をしていたところ、被告らはもとより、原告も、示談当時判明していた後遺障害等級四級から同八級へと大幅に上級に認定されることまでは予期せず、それも主として、被告らいおいて余り重視していなかつた眼の障害によるものであるから、右示談当時は原告の症状が正確に把握し難い状況にあつたものと言わざるを得ない。そして原告はそのような状況にあつたにも拘らず、当時生活に困窮していたところから、当時判明している後遺障害等級を前提として示談したのであるが、右の示談による損害額と当裁判所認定の損害額との差も相当なものがあり、右示談が右の差額の請求を放棄するという重大な効力を持つものとしては「……直接自賠責保険へ請求受領で完了する。」との文言はあいまいであり、仮にこれが自賠責保険による支払額をこえる損害賠償請求を放棄するとの趣旨に理解できるものとしても、その効力はその後認定された後遺障害八級を基礎として算定される損害にまでは及ばないと解するのが相当である。

四  原告が右示談契約成立後、自賠責保険法による後遺障害等級一二級による支払を受けたことは当事者間に争いないが、右事実のみをもつて原告が無効行為を追認したものとは認め難く、他にこれを認めるに足りる証拠もない。

五  よつて原告の本訴請求は、被告らに対し各自四一三万四七二三円及びこれに対する本訴状送達の翌日であること記録上明らかな被告会社につき昭和五六年一〇月二二日、同津川につき同月二三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから右の限度で認容し、その余は失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 川畑耕平)

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